23:30ガールは今日も部屋でひとり

 23:30ガールは今日も部屋でひとり、外に降る雨をぼんやりながめている。こんな雨の日に街でばったりキミと奥さんが仲よく手をつないで歩くところに出会ったらきっと……。仕合せそうな二人。キミはあたしに気がつかず目もくれない。急に傘をしまって雨に濡れるのにまかせてみたらどうだろう。キミはあたしに気がついてほんの少しおどろいた顔をする。もちろん奥さんにばれないようすぐ目をそらして知らんふりだ。奥さんもふしぎそうにあたしを見て通り過ぎる。「あの子どうしたんだろうね。傘持ってるのに濡れてたよ」なんてくすくす笑いながらキミの耳元で囁くんだろう。そう考えるといたたまれない気分になって、今日は一日奥さんと過ごさなければならないはずのキミに思わせぶりなメールを送ってみる。



 今日は二人の結婚記念日だ。せっかくの休日で二人一緒にいられるのに外は雨。昨日あたしから言い出すまで記念日のことすら忘れているし、けっきょく雨だからって家で過ごすことになってしまった。キミは最近ぜんぜんがんばってくれない。今日みたいな記念日のサプライズだけじゃなくて、たとえば二人で過ごす夜の親密な時間ですら。仕事が忙しいという理由で帰りも毎日遅い。疲れているのはわかるけど。キミはテレビのチャンネルを替える。「あ。おれ、この映画見たかったんだよね」またなんだかむずかしそうな映画。恋愛映画のほうが楽しいのに。ナチュラルなガールがキミの肩を枕に難しい単語ばかりの字幕をうわの空でながめていると、携帯メールの着信音が鳴った。



 さりげなく携帯を見るとそれは彼女からのメールだった。休日昼間のこんな時間に、それも今日は一日妻と過ごすことを知っているはずなのに。「予定日を10日も過ぎてるのに今月まだ生理がこないの。どうしたらいいと思う? 相談したいよ。今日ちょっとだけでも会えない?」急いで短いメールを返しなにごともなかったかのように携帯をしまうが、もう映画の字幕は無意味な記号の連なりにしか見えない。「ねえ、どうしたの? なんか恐い顔してる」「なんでもない。ちょっとこの映画暗いよね」チャンネルを替えながら無理に笑顔を作って妻を抱き寄せキスをする。手のひらが汗ばんでいる。



 窓の外は暗いけれどメールを読んでキミがうろたえるのを想像するのはそれほど悪い気分ではない。生理が予定通りにこないのは今までもときおりあったが、今回が遅れているだけなのかは自分でもよくわからない。もうどちらでもいいような気さえしている。いつだって煮え切らないやつ。奥さんにばれるのが恐いくせにあたしと別れるつもりもない。臆病者のキミは結婚記念日をすっぽかしてあたしに会いにくるだろうか。どうせまた「もう苦しめないで」とか「惑わさないで」なんて勝手な返事を送ってくるんだろう。安全圏でほどほどに楽しみたいと思っていたかもしれなけれどもう手遅れ。23:30ガールは鏡に向かって決然とメイクを始める。


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 まず不自然なガール=23:30ガールであると解釈したい。今回のシングルは『23:30』の後日談でもあるのだ。

 『不自然なガール』/『ナチュラルに恋して』の舞台はふたつの部屋だ。どちらもそれぞれの室内で完結する密室劇で、外に視点が移動することはない。ナチュラルなガールはキミの妻で、不自然なガールはキミの浮気相手だ。

 『ナチュラルに恋して』は妻の視点からのみ語られるが、『不自然なガール』二つの視点で交互に語られる。地の文は不自然=23:30ガールの視点、サビの部分はキミがあわてて送ったメールの返信ととるべきだろう。中田ヤスタカという人は、作詞家としてかなりにスタイリストなのだ(ファッションの話ではなく文章のスタイル)。

 違う見方をするなら、不自然なガール中田ヤスタカ、キミ=Perfume、と読んでもいい。『I still love U』も同じ構造を持っている。不自然なガール中田ヤスタカは、キミ=Perfumeナチュラルなガールなんておつむが弱くて悪趣味なつまんない女といつまでもろくでもない結婚生活を続けていることにいらだっているのかもしれない。いつまでも煮え切らないやつ、とかね。それが言いすぎだとしても、なにか大きな決断を促しているように見える。中田ヤスタカが歌詞を通じて送り続ける遠回しなメッセージに彼女たちはいったいどう応えるのだろうか。